遊子水荷浦(ゆすみずがうら)の段畑  2016/10/17

この地区から他地区に嫁いだ女性が、里帰りの時は水を天秤棒につるして土産として持ち帰ったという逸話より、水を荷って運んできた浦で、“水荷浦”と呼ばれるようになった。昔は、斜面にそのまま芋などを植えていたが、大雨のたびに畑が流されれしまう。そこで、家族が少しずつ周りや海から石を集め石垣を築いていった。大変な労力と時間をかけて築いてきた段畑だが、今は生活の基盤は養殖漁業に移り、段畑はだんだん必要性が少なくなり維持するのが難しくなってきている。確かに、広い段畑でサツマイモの収穫が始まっていたが、ほんの一角のみである。
いずれにしても、大小の岩と石を寄せ集め一つずつ積み上げてこれだけの規模のものが作れたとは、感動以外の何物でもない。